長いながい旅


神社に行ってお参りする。
いつ終わるのか、どこまで続けるのか、それとも自分が先にどこかに行くのか。
我慢しなければいけないのか、一過性なのか、悲しいのか、悲しくないのか。
少なくとも満足して充実しているとは言い難いこの状況をどのように評価するべきなのか。

自分ですきにできないことが多い。何かをすればそれに必ず文句がつく。
それは助言なのか、それとも文句なのか。

二面性、あるいは二重人格、多重生活、これまでの人生もそのようなものだった。特別なことではない。これまで通りその右と左、上と下、陽と陰を巧みに遷移していくだけなのだ。


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